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杵藤地区広域市町村圏組合消防本部

消防広報

消防署活動記録「平成23年3月14日〜22日 緊急消防援助隊が出動しました!」

3月17日
佐賀県を出発して4日目、岩手県九戸郡野田村に到着しました。

  • 佐賀県を出発して4日目、岩手県九戸郡野田村に到着

野田村の道路の色がグレーから、だんだんと茶色く変わっていきました。
走行中、左手に民家が津波に押し流され、倒壊している光景が目に飛び込んできました。

  • 野田村の道路の色がグレーから、だんだんと茶色く変わっていきました
  • 津波に押し流され倒壊している民家

現場にたくさんの車両を止める場所がなく、野田村のはずれにある久慈工業高校のグラウンドにとめ、現場まで隊員をピストン輸送しました。
中央にあるのが武道場で遺体安置所となっていました。
周囲には家族や親族を亡くされた方が居られ、言葉にはできない光景でした。

  • 久慈工業高校のグラウンド

野田村の被害状況を久慈消防署の方から説明を受けている写真です。
この一帯に200軒ほど住宅があったのですが津波に流され跡形も無くなっている状態だと説明を受けました。

  • 久慈消防署の方から野田村の被害状況の説明を受ける隊員

久慈消防署野田分署です。
ここも津波の被害を受けました。

  • 津波の被害を受けた久慈消防署野田分署
  • 津波の被害を受けた久慈消防署野田分署

野田村消防団本部と合同の庁舎で、この野田分署が野田村の中心地です。
野田分署の屋上から太平洋側を写した写真です。

  • 野田分署の屋上から太平洋側を写した写真
  • 野田分署の屋上から太平洋側を写した写真
  • 野田分署の屋上から太平洋側を写した写真

野田村の現場本部です。

  • 野田村の現場本部

津波から6日たった今後の消防活動は、佐賀県隊と他県隊の6県隊で瓦礫を堀り起こし、撤去しながら行方不明者の捜索にあたることになりました。

  • 佐賀県隊と他県隊の6県隊で瓦礫を堀り起こし、撤去しながら行方不明者の捜索にあたる
  • 佐賀県隊と他県隊の6県隊で瓦礫を堀り起こし、撤去しながら行方不明者の捜索にあたる
  • 佐賀県隊と他県隊の6県隊で瓦礫を堀り起こし、撤去しながら行方不明者の捜索にあたる

タイヤがあります。
この下にまだ車が埋まっています。
手作業で膨大な瓦礫を取り除き、捜索しました。

  • 手作業で膨大な瓦礫を取り除き、捜索
  • 手作業で膨大な瓦礫を取り除き、捜索

足場は材木から飛び出た釘やガラス片だらけで、ほこりがものすごく、マスクなしでは息が出来ないほどでした。
5mくらい瓦礫が堆積しています。
津波の力で瓦礫は信じられないほど複雑に絡み合い、わずかな隙間しかありません。
瓦礫の下を覗き込み、呼びかけ、確認し全力で行方不明者を捜索しました。

  • 5mくらい瓦礫が堆積
  • 瓦礫の下を覗き込み、呼びかけ、確認し全力で行方不明者を捜索

また来るかも知れない地震や津波を想定しながら、沿岸部での救助活動を行いましたが、テレビや新聞等で報じられた被災地の現状を目の当たりにし、その津波の威力、恐ろしさを改めて実感しました。
佐賀県隊と長崎県隊が寝泊まりした久慈市の剣道場です。
この武道場の中も氷点下の気温-2℃でした。
佐賀を出て5日目になり、隊員たちのホコリまみれの髪の毛がベトベトになります。もちろん、お風呂とかはありません。
隊員もだいぶ心身とも疲れが有りましたが、被災した住民の方々の思いからすれば、この位の疲れはたいしたことはないと皆で励まし合いました。

  • 津波の威力、恐ろしさを改めて実感
  • 佐賀県隊と長崎県隊が寝泊まりした久慈市の剣道場

捜索2日目
次々に泥にまみれた、家族の写真やアルバムが出てきます。
被災した方々は津波で家や財産を失われていますので、せめて大切な思い出の写真だけでも届けたいと、各隊員ビニール袋を用意し写真なども集めながら行方不明者の捜索にあたりました。

  • 泥にまみれたアルバム

住宅のわずかな隙間に隊員が入りこみ捜索している写真です。
捜索している時も余震があり、余震があると現場指揮者が笛を吹き退却する場面も幾度とありました。
1つ間違えると、建物の下敷きになる。
命がけの捜索でした。

  • 住宅のわずかな隙間に隊員が入りこみ捜索

被災した保育園は門だけを残し跡形も有りませんでした。
園児は迅速な避難により全員無事とのことでした。

  • 門だけを残した保育園
  • 保育園の跡形もなくなって

今回、佐賀県隊と沖縄県隊合同で3月17日から19日の3日間「行方不明者をいち早く家族に会わせたい。」という思いをふるい立たせ、懸命に捜索にあたりましたが、行方不明者を発見する事は出来ませんでした。
19日に佐賀県隊に帰隊命令があり、佐賀県隊長が野田村村長に「19日をもって佐賀県隊は帰ります。」
と、報告しました。

私たちが野田村を離れる時
村長から「ありがとうございました。佐賀県隊の皆さん、10年後また、この村に来てください。村民力を合わせ立派になった村を見に来て下さい。」とのお言葉を頂いて野田村を後にしました。

  • 「行方不明者をいち早く家族に会わせたい。」という思いをふるい立たせ、懸命に捜索にあたりましたが、行方不明者を発見する事は出来ませんでした。
  • 村長から「10年後また、この村に来てください。村民力を合わせ立派になった村を見に来て下さい。」とのお言葉を頂いて野田村を後にしました。

活動を終え、帰路へ